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フォームを固めるという考え方について - 野球の打撃動作と“動作の多様性”

■ 「フォームを固める」という考え方

多くの選手や指導者は「フォームを固める」ことを理想と考えます。確かに、反復練習によって安定した再現性を得ることは重要です。しかし、常にフォームを固めるべきだという考えには落とし穴があるように思います。それは「状況に適応する力(可変性)」を失うリスクがあるからです。


■ 人の動きは「繰返しのない繰返し」

人間の運動は、機械のように同じ動きを再現しているわけではありません。

たとえ熟練した選手でも、スイングの軌道やタイミングは毎回わずかに異なる。

むしろ、その小さなズレ(変動性)こそが“適応力”であり、これは「動作多様性(Movement Variability)」と呼ばれています。


この考え方は「システム論的運動制御(Dynamic Systems Theory)」に基づき、動作を「固定化すべきフォーム」ではなく、環境と身体と課題の相互作用から生まれる自己組織化(self-organization)として捉えます。


■ アトラクターとフラクチュエイター

この理論の鍵が、アトラクター(Attractor)とフラクチュエイター(Fluctuator)という二つの概念です。


・アトラクター(Attractor、秩序パターン)

動作の核となる安定した要素。たとえば打撃でいえば、「軸足への荷重」「骨盤と胸郭の分離」「トップポジションの保持」など、動作全体のリズムや秩序を保つ“支点”です。


・フラクチュエイター(Fluctuator、制御パターン)

環境や状況に応じて変化する“揺らぎ”の部分。ボールの高さ・コース・球速によって微妙に調整されるバット軌道やスイングタイミングなどがこれに該当します。


打撃動作とは、アトラクターを中心に、フラクチュエイターが柔軟に揺らぐ“安定した可変性”のシステムなのです。


■ 「固める」と「安定させる」を区別


重要なのは、「フォームを固める」=動きを固定化することではなく、「フォームを安定させる」=アトラクターを明確にし、変動の範囲を制御することです。

動作を固めすぎると、アトラクターだけでなくフラクチュエイターも制限してしまい、打球コースの対応力やタイミング調整力が失われてしまいます。これは、特に「形」だけを真似しようとした結果、どのボールにも同じスイングをしてしまう典型的な問題に繋がります。


■ 動作多様性は「適応の幅」

研究では、上級者ほど動作のばらつきが小さいのではなく、状況に応じた“適応的ばらつき”を持つことが報告されています。(Chow et al., 2011; Davids et al., 2008)

つまり、フォームの一貫性とは「毎回同じように動くこと」ではなく、毎回違う条件に同じように対応できることなのです。したがって揺らぎを許容する練習設計が、結果的に試合での再現性を高めることにつながります。


■ まとめ

・打撃フォームを固めることは、一見安定に見えて適応力の喪失に繋がる

・成熟した動作は「安定したアトラクター」と「柔軟なフラクチュエイター」の両立で成り立つ


📚 参考文献

Davids, K., Glazier, P., Araújo, D., & Bartlett, R. (2003). Movement systems as dynamical systems: the functional role of variability and its implications for sports training. Sports Medicine, 33(4), 245–260.

Chow, J. Y., Davids, K., Button, C., & Renshaw, I. (2011). Nonlinear pedagogy in skill acquisition. Routledge.

Ranganathan, R., & Newell, K. M. (2013). Changing coordinative constraints with learning: Exploiting path redundancy to learn a motor task. Experimental Brain Research, 220(1), 85–93.


熟練の職人も毎回同じ軌道でハンマーを操作し振り下ろしているわけではない
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